2014年12月29日

「いじめ防止法」の骨抜きが進んでいる…「第三者機関」の中立性について改めて問い直すべきだとおもいます。

 いわゆる「いじめ防止法」の施行から1年と数ヶ月が経過したところではありますが、制定当時を振り返ると、この「いじめ防止法」においては第三者機関の設置は付帯決議という形で盛り込まれているにしか過ぎず、付帯決議の場合は拘束力が無い点が問題でした。法律の施行当時、第三者機関の設置が義務付けられていない事が法律の欠点として挙げられていたことだっただろうと思います。

 そして、法律が施行されて実際に運用されるようになって1年経ちますが、ここで問題になってきているのが、付帯決議で盛り込まれた第三者機関の設置は行われていても、その第三者機関のメンバーが教育委員会によって選定されているために「教育委員会寄り」のメンバー構成になりがちという点、そして、審議内容が遺族に非公開になっているために、被害者の意見が考慮されずに再びいじめの隠蔽が行われるようになってきている現状が浮き彫りになってきました。「いじめ防止法」の趣旨がふまえられることなく、法律の「骨抜き」が既に行われてしまっている現状がそこにはあります。

 要するに、第三者機関の設置は行われる事が増えたけれども、第三者機関が事実上「第三者」ではなく、教育委員会や学校側に寄った「御用機関」となってしまっていて、メンバー構成や、審議過程などが、加害者や教育委員会にとって有利になってしまっているということ、そして、建前上の「第三者」を名乗る「御用機関」が、あたかも「第三者」の視点であるかのようにして振舞って、加害者や教育委員会にとって有利な結論を出し、その「調査結果」が一人歩きしてしまう、という現象が起きている。「第三者機関を設けた」という既成事実ばかりが作られてしまっても、いじめの隠蔽の構図は変わっていないわけです。これでは、被害者やその家族にとっては非常に辛い立場におかれるわけで、非常に理不尽なことだといえます。



 そもそも、法律の施行当時、第三者機関の設置が義務付けられていない事については、マスメディアや法律関係者などから大きく批判されていて、また鹿児島県出水市のいじめ問題の例のように第三者機関の設置そのものを教育委員会側が拒み続けている例もあることが報じられてきた経緯があります。

 こうしたことが背景にあり、ここ1年ほどに起きたいじめ問題については、「第三者機関」と銘打った組織が調査にあたるという事は行われているようです。しかしながら、その「第三者機関」が事実上の第三者でない、たとえば教育委員会がメンバーを選定してしまっているが故に、メンバー構成が「教育委員会の代弁者」のような人たちで占められたり、審議過程が不透明だったりして被害者の意見がふまえられる事の無い、アンフェアな結論が出されてしまったりすることが行われているわけです。いわば、「新しい形のいじめ隠蔽の『手口』」が広まり、しかし結論的には従来型の「いじめ隠蔽」の構図がそのまま続いてしまっているということです。

 近年報道されたことで言えば、2014年の青森県八戸市の高2生の事例や、2010年の新潟県の高3生の事例などがこれにあたるものです。両方の事例とも第三者委員会の結論は2014年12月中にだされたものですが、いずれのものも「いじめはあったが死亡との因果関係は無い」とか「悪口はあったがいじめではない」などといったことを第三者委員会が述べていて、これでは、大津の事件の時と何も変わっていないように思います。これまで教育長とかが主張してきたことを、第三者委員会が「代弁者」的に主張する形に変わっただけで、いじめの責任を認めようともせず、被害者に対して責任転嫁を繰り返し、泣き寝入りを強いようとしている点については、従来と何も変わっていません。これは、第三者機関が、実際には「第三者」ではない状況を如実に表しているといえるでしょう。

 つまり、従来の教育委員会や学校・教師側によるいじめ隠蔽のときの教育委員会側のやりかたがそのまま横行し続けている。「第三者機関」という組織を間に挟むか挟まないかの違いはあれども、その「第三者機関」の「第三者性」が実質的に無いに等しい状況になっている現状では、いじめ防止法の「骨抜き」状態が続き、この法律の趣旨に沿った法の運用が行われない状況が続いてしまう事になります。大津市の事例などの教訓が生かされていないように思います。


 すなわち、第三者機関という名前の組織を設置していても、実態は「第三者機関」といえるものは事実上設置されていないも同然、教育委員会の「代弁者」のような形になってしまっています。

 おそらくいじめ防止法制定当時に、第三者機関の設置が義務として盛り込まれなかったことが批判されていた事を意識したうえで、「第三者機関」と銘打った機関を設ける例が増えたのでしょう。しかし、いじめを隠蔽しようとする側は、おそらくパフォーマンス的に第三者機関を設け、その「第三者機関」を設けた上であっても、その「第三者機関」のメンバー選定のありかたや審議のあり方など様々な点において、実質的にその第三者機関を教育委員会や行政側が取り仕切る構図に持っていき、第三者機関に「教育委員会側・加害者・教師側」にとって有利な結論を出させるやりかたで、従来型のいじめの隠蔽を図ろうとしているに他なりません。


 こうしたことが続いた場合だと、「第三者機関は作って対応しました」というような既成事実が作られてしまう、しかし従来型のいじめ隠蔽は続くということで、被害者側が追い詰められるケースにつながってしまうことを危惧せざるを得ません。「第三者機関」とはいえども、中立性が確保されない限りは意味が無いし、むしろ事態を悪化させてしまっているように思います。

 そもそもいじめ防止法において、第三者機関の規定を付帯決議程度で設けただけでは、当時としては「第三者機関の設置を義務付けていない」点ばかりに目を向けがちだったのですが、これは、単にその設置義務がないというだけではなく、第三者機関の規定が無い以上、第三者期間のあり方についての規定ももちろん設けられてはいない、第三者機関の設置にあたっての中立性の確保のための条文や不服申し立て等の細かい規定も設けられることはなかったという点も含めて問題視すべきことです。

 もし第三者機関の設置が法律の中で(付帯決議ではなく正式の条文の中で)明記されていたとすれば、その条文に付け加える形で、第三者機関の設置のあり方、たとえばメンバー選定に被害者家族が関与することや、審議内容の開示、文書開示や、調査結果の詳細等の情報公開などについてなど、細かい規定を設けることも出来たはずなのです。しかし、第三者機関の設置が、「付帯決議」という、法的拘束力の無い規定になってしまっているが故に、第三者機関の中立性を確保するための条文が「いじめ防止法」によって規定されてもいないため、「いじめを隠蔽したい勢力」の人々がこの法律をいくらでも恣意的に運用してしまう余地が大きく残される、俗に言う「ザル法」と化してしまっています。


 これでは、行政側はやりたい放題、「第三者機関」と銘打った「御用機関」をつくり、従来、教育長や学校側が主張したことなどをそのまま「代弁」するだけ、第三者機関とは名ばかり(建前は「第三者」を名乗ってしまっている点がむしろ悪質にすら感じることもあります)です。これではいじめの隠蔽問題についてメスを入れたとはいえませんし、いじめ問題が起きたときの事実関係なども、教師や教育委員会らによって歪曲される状況が繰り返され、被害者や被害者家族が中傷されるかたちの「二次被害」が繰り返されてしまいます。


 もちろん、法律の規定を綿密にしたとしても、教育委員会や学校側、そして彼らに追従する「御用機関」の人々たちの意識が変わらない限りは、いじめの隠蔽が繰り返されてしまうということになってしまう、法律と「いじめ隠蔽派(教師・教育委員会・御用機関勢力)」との、いたちごっこの繰り返しになってしまうわけですが、それでも、法律の規定に瑕疵があるのであれば、いじめ防止法を制定したときの理念を現実のものとして実現するために、法律をより綿密に設計していくことが大切だと私はおもいます。2015年の国会の常会とかでは、政治の場でこの問題についても議論してほしいと個人的には思います。


 その上で、先に述べた、法律と「いじめ隠蔽派(教師・教育委員会・御用機関勢力)」との、いたちごっこの繰り返しをなくしていかなければなりません。これ以上、いじめの隠蔽によって苦しむいじめ被害者を出さないためにはどうすればよいのかということ、そして、学校や教育委員会、加害者やPTAなどといった、いわば「いじめ隠蔽」勢力の保身体質にメスを入れるためにはどうすればよいのかということです。そのためには、単にいじめ問題にかかわる法律の規定についての改革だけではなく、それと合わせる形で、いじめが起こりにくい学校を作るためにはどうすればよいか、そうした議論も含めて一体的な教育改革が必要なのではないでしょうか。法的にいじめ問題に対処することと、いじめが起こりにくい環境を作ることの2つの側面から、必要な対策を講じてほしいと思います。
posted by ななこ at 03:48| いじめ問題 | 更新情報をチェックする
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