2015年02月24日

「恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利」が保障されていない学校現場、まさに違憲状態だと私は思います。

 心が痛む話がニュースで報道されています。神奈川県川崎市の中学1年生の男子生徒が事件によって命を奪われた事件のことです。一部報道によれば、この事件の被害者は、いわゆる非行少年のグループと行動を共にするようになり、そのグループの中で暴力を受けていたそうで、被害者がその非行グループから抜け出して学校に復帰しようとしても、暴力によって学校に復帰できず、そのまま結局最悪の事態を招いたということが報じられています。

 被害者の生徒は年始から学校に登校していない全欠状態だったことが明らかになっていますが、もし学校側が被害者の欠席(不登校)について事情を把握するよう努めた上で対策をとり、場合によっては非行少年のグループから抜け出すための援助をしていれば、こうした事態には陥らなくてもすんだのではないかと思います。報道以上の事は分からないのですが、少なくとも、この事件において最悪の事態となった背景には、学校側の対応にもきわめてお粗末な点があったのではないかということを指摘せざるを得ません。


 そして、こうしたニュースを見るたびに思うのは、非行グループというのはどの学校にも一定数存在しているわけですが、その中では学校に通わず非行に走る(俗に言う「学校をサボる」)勢力と、学校には登校して授業に出席していても、学校内部で迷惑行為やいじめなどを行う勢力とがいたりします。

 いずれにしても、彼らが行っている迷惑行為を正当化することは許されません。私が思うのは、普通に学校生活を過ごしている生徒が「非行グループにかかわりを持たなくても済む安全な学校生活」を送ることができる権利を保障してほしいという事です。というのも、私自身の学校時代、私が安全な学校生活を送るために、非行グループの人たちをなるべく関わらないように努めていた事に関して、学校の教師達から「ヤンキーを差別している」として糾弾された経緯もあるためです。私の場合は、自らの思想信条上、あるいはヤンキーの人たちから受けていた普段からのいじめの経緯もあり、ヤンキーに同調するなどのことは絶対にいやだったので、彼らが押し付けてくる価値観に対しては批判的な立場を貫きましたが、学校側は私に対して「周りに合わせないから悪い」などの同調圧力で私に対する圧力を強めていった経緯もあります。そうした学校側の対応が、私が中学・高校などで受けてきたいじめのエスカレートという現象のファクターの一つとなったことも間違いないでしょう。


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 今日は、「普通の学校生活を送りたいと考える人たちが、いわゆる「ヤンキー」の人たちの不法行為などに脅かされない自由」を学校生活の中で保てるように人権を保障すべき、ということを論じたいと思います。

 今回の記事も私自身の学校時代の経験について書きますが、私自身がこれから書く内容には、人によっては「ヤンキーを差別している」として捉えてしまう内容が含まれるかもしれません。私としては「ヤンキー差別」の意図はありませんが、ヤンキーの人たちが日常的に行っている「いじめ」や暴力・脅しなどの迷惑行為については、私としては当然ながら批判的な立場をとっていますし、私自身、いわゆる「ヤンキー」の人たちから数限りない嫌がらせを受けてきた経緯もあるので、私の経験を語る以上は、その文脈上「ヤンキー差別」と捉えられる面もあるかもしれませんが、その点をまずはご容赦いただきたく思います。



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 私が中学に入学して1ヶ月もたたないうちのことですが、私は、他のクラスのあるヤンキー系の生徒から呼び出され、それから毎日のように「100万円を持ってこい」と要求されるという恐喝を受けることになりました。私は、そのヤンキー系の生徒とは出身小学校が異なり、また中学に入って数週間の段階でしたので、そのヤンキーの人の事の存在は知りませんし、名前も知りませんでしたので、なぜこのヤンキーの生徒に狙われるのか、当初は全く状況がつかめない状態でした。状況がつかめない中、ヤンキー系の生徒が私のクラスにやってきて、私の制服をつかんで、通行者の少ない廊下に呼び出してきて、私に対して「ゲームをもってこい、ゲームを持っていないなら100万円を持ってこい」という脅し文句を浴びせてきたわけです。

 私としては、なぜ脅されることになったのか分からず、状況が全くつかめなかったので、相手の話もとりあえず聞いたのですが、この時に相手から説明された内容も、私にとってまさに見に覚えの無い内容でした。

 このとき、そのヤンキー系の生徒と同じ小学校出身で、当時私と同じクラスになったばかりの男子生徒(その生徒もまたヤンキーみたいな感じで、授業中に教師に暴言を吐いたりモノを投げたりした上で、どこかに逃げていくことを繰り返す生徒だった)が、あたかも私がそのヤンキー系の生徒のことを「不良」と言ったかのように話をでっちあげて伝えていたということらしいです。

 私は、相手に対して、「どうやらうちのクラスの男子が、うその話をでっち上げている、私はあなたの事を知らないので悪口も言いようがありません」と説明したのですが、しかし相手はなかなか話が通じない相手でした。(なお、このとき、私が脅されている現場を見に来た野次馬の生徒もいて、その野次馬の生徒がヤンキー側に便乗して騒ぎを大きくしたため、状況がひどくなったという経緯もあります。なお、以前に書いたと思いますが、このときの野次馬の生徒について、学校側は、あたかも私を「助けるために現場についてきた」というように強引に解釈したため、10ヶ月経過した後の3学期になってから、この時の出来事をめぐり学校側から一方的に私が糾弾されるという出来事もあったということも付記しておきます)。


 話を戻しますが、ヤンキーから呼び出されて以降、それから毎日のように、そのヤンキーの生徒や、その関係者と思われる別の生徒達が代わる代わる私のクラスにやってきて、私に対して「金出せ」と脅してきたり、首をつかんできたりするようなことを繰り返すようになってきました。数日間経過すると状況はひどくなり、私と同じ小学校だった生徒の一部も、ヤンキーの生徒に同調して私に対して脅し文句を浴びせてくる状況になっていきました。

 状況があまりにも酷かったため、4月下旬に、私の親を通じて学校側に相談。私のクラスの担任と、私に対して恐喝してきたヤンキーの生徒の担任が、ヤンキーの生徒と、そのヤンキーの生徒に対して虚偽の内容を言った生徒(先に述べたようにこの生徒は私と同じクラスでした)、この主犯2名だけを呼び出して話し合いを行っていました。私がこの話し合いに呼び出されたのは、話し合いの最期の一部分だけ、私が担任から呼び出されたときには、既に主犯2名と学校側の話が既に終わっていた段階だったようです。

 私としては、学校側に対しても、またヤンキーの生徒側に対しても、事前に「もともと□□(ヤンキーの生徒の名前)とはクラスも違い、そもそも小学校も違うので、名前すら知らなかった、悪口などいえるわけがない、仮に□□(ヤンキーの生徒の名前)に対して、あたかも私が悪口を言っていたかのように話が流布されているなら、その話をしている生徒がウソをでっち上げたために流布された話だろう」という趣旨のことをあらかじめ述べてきました。その後、担任から呼び出された段階でも、「本当に『不良』だと言っていないんだな」と事実確認を受けたため、私はその段階でも「悪口は言っていない、その生徒の名前も今回の件に巻き込まれて初めて知ったくらいです」という趣旨の事を改めて述べたばかりでした。

 しかし、このとき、主犯2名と、ヤンキーの生徒の担任、私のクラスの担任の4名の中で既に行われていた話し合いの中で勝手に結論が出されたのでしょうか、教師達は私に対して「学校の中では言っていなくても、学校外で「不良」と言っていたのだろう」と主張し始めました。私は改めて「言っていない」と述べたのですが、教師達は「いいから、潔く謝れ」と怒鳴り始めました。また、このとき、私のクラスでは理科の授業中だったため、「早くお前が謝って話を済ませろ、早く謝って理科の授業に行かんか!」と脅し文句を浴びせる状況でした。

 当時、私は中学に入ったばかりで、1ヶ月前まではまだ小学生という年齢でした。そうした中で、中学に入ったばかりでこのような恐喝事件に巻き込まれた挙句に、私が言ってもいない事について無理やり「謝れ」と主張してくる学校側の対応には驚きました。

 ただ、小学校時代から受けていた教育の中で、私自身、このときはどのように対応すえばよいのか判断が難しくなり、そうした中で、身に覚えの無いことで「謝罪」を要求される事態には非常に混乱しました。要するに、小学校の教育が、いわば物事について考えるという事自体をタブーとするような感じの管理教育的な色彩が強かったということです。

 私自身、小学校時代から、私はいじめを受けていた立場で、そのたびに学校側から「弱いから悪い」と糾弾されてきた経緯もありますし、様々な場面において、学校教育の中で、自己犠牲のようなものを美徳とする空気、逆に言えば理不尽な事について「これは違う」と主張することそのものが「悪」とみなされる空気で育ってきた経緯がありました。私が義務教育時代をすごした鹿児島市という土地柄の中で「郷中教育」という守旧的な教育方針が持て囃されていたことも関係したのでしょうか、「理不尽な事でも黙って言う事を聞け」「ギをいうな」みたいな感じの空気が学校の中でも漂っていて、要するに「事実関係と違うこと」であっても、とにかく「折れろ、折れろ、お前が折れないから悪いんだ」とみなされたり、大人に対して何かを相談すること自体も「弱いから悪い、ヨカブイゴロが」とみなされたりすることが、学校の中だけでなく地域社会の中でも多々ありました。小5の担任からは「助けてほしければヤ○ザになれ、そうすれば『用心棒』がつくぞ、ヤ○ザに成れないならお前が弱いから悪いんだ」という、いわば反社会勢力の存在の正当化ともとれる発言が担任の口から飛び出してくる始末でした。

 そうしたなかで、いじめ問題についても、加害者達が行った暴言や暴力の内容について、事実関係が意図的に捻じ曲げられる形でいじめが隠されてきて、話がうやむやになったりしていった経緯もあります。そうした事がいじめの助長につながり、いじめっ子達の中には「強ければ、人数が多ければ何でもやっていい」かのような認識を持っていた人たちも多かったように思います。

 逆に言えば、いじめの内容などの事実関係について明白にした上で、相手に対して二度と同じ事をしないようにするという教育が全く持って欠落していたということです。事実関係の確認と再発防止については、私や私の親としては再三にわたり小学校時代から学校側に要請してきた経緯もあるのですが、学校側から「正論ばかり言いやがるから悪い、折れないから悪い、ギを言うから悪い、それらはお前が『弱い』から悪いんだ」とみなされ、そして「道徳的では無い人間」とみなされる状況が続いていきました。

 私の主張が全て正論だと言うつもりはありませんが、学校側の主張は全くもって意味不明だったと私は思います。少なくとも事実関係をうやむやにしたり歪曲したりしようとして躍起になっている教師達には、不信感しか感じません。

 そして、そうした空気の中で小学校から送り出され、そして当時は中学に入学してまだ1ヶ月、という時期でもありました。話は戻しますが、そうした中で、私自身、判断能力が備わっていなかったというか、むしろ小学校時代の、苦痛を伴う教育方針の中でどこか判断能力がマヒしてしまった部分もあり、そうした中でなれない環境に飛び込んだばかりの時期でした。そうした環境下で、私自身、混乱していた経緯もあり、そのため、中1に入ったばかりに起きた例の恐喝事件に関する話し合いの際でも、私としては全く身に覚えのない事でも、私としては自らの意に反する形で、結果的に「謝罪」を強要させられる形になってしまいました。

 しかしながら、私が学校側から無理やり「謝罪」させられると、学校側がそのことを根拠として、あたかも私がそのヤンキーに対して悪口を言ったことが事実であるかのように解釈し始め、そのことが既成事実化されてしまうことになってしまいました。その上で、私は学校側から一方的に「ヤンキーを差別した人間」と決めつけられ、「ヤンキーを差別するな」ということを一方的に学校側から言われるということになってしまいました。私は、身に覚えの無い発言をでっち上げられただけでなく、「差別主義者」のレッテルをはられたということになります。


 そうなると、それ以降の学校生活でも、例えば怖いヤンキーの人たちがいたときに、他の人たちも私と同様にヤンキーの人たちの事を「怖い」と感じているにもかかわらず、学校側は、なぜか私だけを狙い撃ちして「ビビッているから悪い、オドオドしやがって、だからお前は弱いから悪い、全部お前がヤンキーを差別してるから悪いんだろ」と決めつけてきて「ヤンキー差別するな」と学校側がしつこく私に対して言いつづける状況になっていきました。

 こうして、私が学校側から「見せしめ」的に扱われていくうちに、当初はヤンキーとは関わりたくないと考えていたはずの同級生達も、次第にヤンキーみたいな雰囲気になっていき、学校に来なくなって非行に走ったり、学校に来ていても校則違反を平気で犯したり、いじめに関与したりする人たちが増えていきました。背景にある現象としては、地域の高校生~20代の「ヤバい人たち」の影響を受けてヤンキーになっていく同級生の存在も散見される状況もあったと思います。


 そして、中学においては高校受験というものを意識するわけですが、そこで出てくるのは内申書の話です。私としては、ヤンキーの人たちとは関わりたくなかったのが本音ですが、学校に登校しているヤンキーの人が多かったりすると、私の発言一つ一つが「ヤンキーを差別している」と決めつけられたりする一方で、私がヤンキーの人たちに絡まれたりしたとき、なるべく対話しようと試みても、相手は話が通じない相手だというだけでなく、今度は別の集団が「あんなヤンキーと友達なのか、内申書がヤバイぞ」と言ってきたりして騒ぎを大きくしていったりすることもあり、そうした騒ぎに便乗して、同級生達が、私の事に関して、本来はありもしない男女交際話や、いかがわしい場所の出入りの「目撃談」などについてでっち上げを繰り返してきたりする状況になっていきました。また、私は校則を守る立場を貫き通しましたが、私が校則を守っている事ですら、教師達から「まじめすぎるから悪い」といわれて糾弾される状況になっていきました。そのことについては以前の記事にも書いたので再掲します。



http://educateiroiro.seesaa.net/article/410387188.html
私がある同級生グループから廊下で暴力を受けていたとき、いわゆる「非行グループ」に属するような男子たちが、一旦はその暴力に対して「やめてやれよ」みたいなことを言って制止に入るわけですが、今度は私に対して暴力とかをして来たグループの人たちが「あんな連中と友達なのか、あんなヤンキーに助けてもらうのか、内申書がやばいぞ、おまえみたいなのが高校にいけるもんか」と言うような事を言い出し、その発言になぜか「非行グループ」の人たちが同調する、そしてあたかも私が非行グループの人たちと仲間であるかのような話が一人歩きし、ありもしない男女交際話とか、いかがわしい場所への出入りなどの「目撃談」をでっち上げられていく流れになっていく、そうしたことが繰り返されていきました。

 不自然なのは、このときの非行グループの人たちの対応です。彼らは「ヤンキー」「仲間になれば内申書がやばくなる」ということをこの話の流れで言われているわけですから、普通なら彼らはこうした事には怒り出したり暴れたりするような人格なのですが、このときに関しては、他のいじめっ子たちと同調して、その「非行グループ」の人たちも私に対して「内申書がやばいぞ、おまえみたいなのが高校にいけるもんか」ということを言ってくること、この流れからみると、私に対して暴力とかをしてきたグループの人たちと、一旦は「制止に入る」ふりをした「非行グループ」の人たちとは、実は結託していたということが分かるわけです。

 要するにいわゆる「非行グループ」の人たちは、自分達の評判が既に「悪い」ことを理解していて、そのことを利用して、今度は私の「評判」を不当に貶めるための布石を打っていて、その上で、私にとって見に覚えのない男女交際の話とかいかがわしい場所への出入りなどの話などが流布される流れになっていったということがいえます。自分達が評判が悪いことを逆に「利用」し、今度は私を引きずりおろそう、というような、ある種の権力闘争のようなものすら感じることも多々ありました。その背景にあるのは、当然ながら「内申書」の存在がある種の脅し的な面もあったということがいえるでしょう。(こうした事を書くと「ヤンキーを差別するな」と言われることは目に見えているし、現実に私の発言の一部が切り取られて「ヤンキーを差別した」と決めつけられ、教師からも一方的に怒鳴られるなどした経験もあるため、なかなか対処しづらいのですが、少なくとも私は非行に走った事はないし、噂されているような男女交際とかいかがわしい場所への出入りなどは行っていないわけです。)

 また、私が校則を守っていることに対して教師から「まじめすぎるから悪い」みたいな話が出てくる事もしばしばあり、私は公式の服装検査などでは注意は受けていないのですが、公式の検査ではないときに制服の丈のことなどで教師からイチャモンを何回も付けられ、私も私の親も、制服の丈の事ではかなり苦労しました。仮に本当に校則を破れば「校則違反」として他の人と一緒に摘発される事は目に見えているわけですが、私としては校則を破るのはいやだったので校則を守り続けていたのですが、そのことを今度は教師から「真面目すぎるから悪い」といわれ、「生徒指導」と称して怒鳴られたりすることがたびたび起きていて、いわば校則の運用がダブルスタンダードになっていることに私自身は非常に悩みました。

 そうしているうちに、今度は、いじめっ子達が私に対して「校則を破らせよう、校則違反として摘発されるようにしよう」というような、いわば罠をかけてくることも増えてきました。例えば、校則違反である香水を、私に対して瓶まるごと、液体のまま背後から私の制服にかけてくるといったこともありました。そうなると、学校側はいじめを隠すために、「いじめっ子たちが背後から香水をかけた」ことは事実関係として認めようとはせず、私があたかも校則違反である香水をつけて学校に来たかのように話を捏造して処理しようという流れになっていくわけです。

 上履きを隠されたときでも(上履きに関連した嫌がらせは小学校時代からたびたび起きていましたが)、中学の場合だと、上履きが無い場合は一般的にはスリッパを借りないといけなくなるわけで、靴下のまま行動していると教師から注意を受けるために事情を説明してスリッパを借りさせられるはめになるわけですが、このときでも、私は上履きを忘れたわけではなく上履きを隠されたのでスリッパを借りる事になったのに、学校側は上履きに関連したいじめが起きていることを隠すことになっていました。何が起きたかというと、スリッパを借りるときに署名する名簿に関して、一般的な「上履きを忘れた人」と同じように名簿に名前を書かされ、その署名の中の欄にある「上履きを忘れた事に関する反省文」みたいなものへの記入を迫られたわけです。私は上履きを忘れたわけではなく、上履きは学校に持ってきているのにそれを隠されたためにスリッパを借りないといけないのに、事務処理上は「上履きを忘れた人」として処理され、他の人と同じような「反省文」をかかされたわけです。署名するまではいいとしても、反省文に関しては腑に落ちないところがあったので、私はその文章を書くことを拒もうとしましたが、学年主任が「借りるんだから反省文を書け、何で書かんのか!」と怒鳴ってくる状況だったため、そこで職員室でトラブルになっても仕方が無いので、しぶしぶ、「上履きを忘れました」的な感じの反省文を書かされるはめになったわけです。


 中3のときの総合的学習の時間のときに、いわゆる特別支援学校を訪問したときのバスの車中でも、いわゆる「非行グループ」の人たちが、校則を破ってガムなどを咬んでいたのですが、彼らがガムを咬んでいるところまでは私にとってはどうでも良い事なのですが、彼らは突然私に対して「座席を交代しろ」と要求してきて、私がそれにしぶしぶ応じると、彼らの咬んだ後の、包み紙に包まれた後のガムが私の座席のところに放置されていた、ということもありました。今までのいじめの流れからすると、このままでは私があたかもガムを咬んで校則違反を犯していたかのように決めつけられてしまうと感じたし、また学校の教師はいじめを隠蔽することに躍起になっているために、どうせ私に罪を擦り付けるのだろうということは目に見えていたので、バスの運転手(業者なので学校の外部の方です)に対して、ガムの処理を依頼しました。すると運転手はいきなり、包み紙に包まれたガムを窓に放り投げ、「ポイ捨て」という形で強引に処理していました。その状況を見た「非行グループ」の人たちは、私に対して「それぐらい自分で処理しろ」とか言ってきたので、私は「これは私のガムじゃないから」と言い返したのですが、相手は「他人のガムだろうと自分が拾うのが筋だろ」「自分のゴミじゃなければ拾わない人間なのか、自己中」みたいなことを言ってきてさらに攻撃を増してくる始末でした。確かに一般的な校外学習の時、「他人のゴミであっても自分のゴミ袋に入れて持ち帰る気持ちを持て」みたいな事は指導されることは事実ですが、もし彼らの言うとおりに私がガムを自分のゴミ袋に入れていたとすれば、おそらく私は「ガムを咬んでいた人間」と決めつけられ、拾ったガムを「証拠品」という形で学校側が処理し、強引に私にたいして罪を擦り付けるだろう、そうして貶められるだろうということは容易にわかるわけですし、いじめっ子達がそれを意図していたことは明白だったのですから、私自身としては、自分が犯していない校則違反については疑われることはあってはならないと感じていたので、学校と直接の関係の無い第三者であるバスの運転手にゴミの処理を頼んだわけです。しかし、このような話の流れになってしまった結果、私は確かに「校則違反を犯した」という疑いは晴れたものの、結局は「他人のゴミを拾わない、ボランティア精神の無い自己中」と決めつけられ、またも「不親切・自己中」というレッテルをはられ、それが別件の騒ぎのときに「前科」として持ち出され、学校側によって、「不親切で自己中だから悪い」というレッテル張りのための「材料」とされる結果になりました。

 他にも似たような事は色々とあるわけですが、こうした事一つ一つのレッテル張りが、別件で私が暴力や暴言を受けたときに、学校側がいじめを隠すために私に対して罪を擦り付ける一方で、暴力や暴言を行ったいじめっ子を無罪放免にしていじめの存在を隠すための「材料」として使われていくわけです。




 ここまで以前の記事を再掲しましたが、そのほかにも、ヤンキーの人たちからの嫌がらせが絶えずに苦労しました。ヤンキーの人たちを全面的に拒めば「ヤンキー差別」と決めつけられて学校側から糾弾される。だからといって、私がヤンキーの人たちに絡まれた際に、彼ら・彼女らに対して対話を試みれば「ヤンキーと友達だ」とみなされ、ありもしない噂話が横行したり、内申書に言及する形の嫌がらせに発展していったりするわけです。また、私自身、ヤンキーの人たちに対して「怖い」と思うことは克服できないし、どうしても自然にヤンキーの人たちに対して「怖い」と思う感情が表情に出てしまうのですが、そのことも教師や地域の大人たちから「オドオドしているから悪い」とみなされる始末。酷い場合だと、私がヤンキーの人たちを目を合わせないために下を向いて歩いていただけでも、地域の大人が「○○(私の名前)が下を向いて歩いていた、内股になっているから弱そうに見える、だからいじめられるんだ」という噂話を流したりして、私の親の職場で私の親の同僚がこの噂に言及したことで、トラブルになったこともあります。


 また余談になりますが、後になって中学を卒業した後、先に述べた「恐喝事件」(中1入学当初の時に私が恐喝の被害を受けた件)に関与した教師と話す機会があったのですが、その教師は、中学在学当時の私に対して「ヤンキー差別だ、ヤンキーを差別するな」と再三決めつけてきて私に対して不当な非難を続けてきた経緯があるにもかかわらず、卒業後は、一連のヤンキー関係のトラブルについて、この教師は「覚えていない」の一点張り。逆に中1の時の恐喝事件で私に対して金銭を要求したきたヤンキーの名前を挙げた上で「□□(ヤンキーの名前)への対応のこともあって3年間大変で、他の事は記憶に無い」の一点張り状態でした。

 はっきり言って、この教師は卒業後になって、一連のいじめ問題についての学校側の対応についてごまかす一方、その口実に、そのヤンキーの人の名前を挙げていた、つまりそのヤンキーの人が極めて「怖い」存在だったという事実を、教師自らが、責任逃れのための口実として「利用」していたわけです。ということになると、これまで私の事を「ヤンキー差別」主義者だとレッテルをはった張本人であるこの教師のほうが、むしろヤンキー差別思考の強い教師だったのではないか、とさえ私には思えてなりません。

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 いろいろと書きましたが、まず、私が校則を守ることが、なぜ「まじめすぎるから悪い、まわりに合わせないから悪い」として糾弾の対象とされるのか意味不明です。また、人間関係において、自らヤンキーの人たちに近づくような事はしたくないし、仮にヤンキーの人たちに近づけば、触法・犯罪行為を強要されたり、暴力の被害者となるリスクが高まったりするのは目に見えているわけです。そもそもヤンキーの人たちがやっている非行行為そのものが、本来は正当化されてはならない行為なのです。そして、多くの人たちは、ヤンキーの人たちの行為について迷惑と感じていたり、あるいは怖いと感じていたりするのは普通の感情なのに、なぜ私だけが「ヤンキーを差別している」として糾弾される対象となったのか、それも全く意味が分かりません。私の事を「ヨカブイゴロ」(鹿児島弁で「ぶりっ子」という意味)と決めつけ、「弱いから悪い、オドオドしているから悪い」などと言ってきた教師達、それらの教師の中には、私が祖母の介護に携わるために日曜日を使っていたことについて「同級生と遊ばないから悪い(「PTAからもそうした苦情が出ている」という話もあったそうです)」などと言ってきたり、スーパーで親と買い物をしていた事についても、「ある教師が目撃していた、親と一緒に買い物していたから、オドオドしていたから、過保護なんだろ、だから何でも学校で起きたことを親になんでも相談しまくるんだろ」と言って、私の親に対して激昂して暴言を吐く教師もいましたが、私の日曜日の過ごし方などについてなぜ教師やPTAが糾弾してくるのか意味不明です。あえて言うなら、休日に非行グループの人が学校外とか繁華街で、大人のいないところで悪い事をしていたりすることなどのほうが本来は糾弾されるべきなのに、なぜヤンキーの人たちは糾弾されず、一方で家族と普通に過ごして介護や買い物などの手伝いを行っていただけの私が糾弾の対象になるのか、全く持って意味が分からないです。また、ヤンキーの人たちから受けた暴力などについて、教師達が事実関係を隠蔽した挙句、教師が私に対して「なんで(嫌がらせを受けることを)予測なんかするんだ!」と怒鳴りつけてきたこともあり、その上で別件の時に、無理やりヤンキーの人と同じ班にさせられ、その班の中で案の定、持ち物を取られたり、酷い暴力を受けたりした経験もありますが、このときも、教師が建前上「ヤンキーに対して怖がるから悪い、根性を叩きなおすための教育だ」という意味不明な根性論を「建前」として、無理やりヤンキーの人たちを私の近くに置こうと画策していたわけです。ヤンキーの人たちが行う嫌がらせ行為や暴力・暴言行為、あるいは学級崩壊を招くような行為などについて、教師達は何も注意しないばかりか、逆に教師達は私に対して「ヤンキー差別だ」「周りに合わせないから悪い」「このヨカブイゴロが、オドオドしてるから悪いんだ」という論法で、私に対して一方的に糾弾する始末だったわけです。そうしている間にも、いじめっ子達は「強ければ、人数が多ければ何でもやっていい」と思い込んで、結果的に、いじめや暴力がはびこる環境が生み出されてしまいます。



 まとまりのない文章で申し訳ありませんが、要するに、私が言いたいのは、ヤンキーの人たちから「逃げる」自由、ヤンキーの人たちに関わらなくてもよい自由を保障すべきということです。ヤンキーの人たちが引き起こす数々の事件に巻き込まれるリスクを低減させ、あるいはヤンキーの人たちから受ける可能性の高い嫌がらせや暴力などについて、事前にリスクを予測することで、いわば「自らの身を自己防衛する」ための選択として、ヤンキーから逃げる自由、関わらなくてもよい自由を保障すべきということです。その選択(非暴力による自己防衛としての「事前の危険の予測」)の権利が保障されないということは、いわば自分で自己防衛する選択肢を奪われているに等しく、仮に無理やりな手段で自己防衛をするとすれば、それは暴力的な手段という事になってしまいかねない、いわば「『悪』に対して『悪』で返す」ことを強要する事に他なりません。善と悪を二元論的に分けることは難しくても、相手のやったことについて「やりかえす」ということは、いわば「『悪』に対して『悪』で返す」ことに繋がり、そのうちに責任の明確化という観点が抜け落ちてしまい、事態が複雑になっていき、悪い結果を生んでしまうだけです。それが正しい事だとは思えません。少なくとも私は相手に対して「やり返す」ことは自分の思想信条からみて絶対にいやだったし、逆に悪の連鎖を招く結果になることは目に見えていたので、「やられたらやり返す」ようなことは絶対にしないと心に決めています。そのことは正しい選択だったと私は思いますが、そうした私の思想信条について、「弱いから悪い」とか、「左翼思考なんだろう」と決めつけてくる大人たちも多かったと思います。




 そして、普通の学校生活を送りたいと考える生徒に対し、学校や教師達が、「ヤンキー差別だ、怖がっているから悪い」と決めつけてきて、無理やり「根性を叩きなおす」という趣旨でヤンキーと無理やり関わらせようとする教育方針は、結果として、ヤンキー達の行動について、本来は正当化されるべきではない事でも正当化されてしまいかねなかったり、暴力などの被害を受けるリスクが高まったりする事に繋がるし、何よりも憲法で保障された「恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利」という趣旨が学校現場において骨抜きにされている事に他ならない、いわば憲法違反としか言い様がない教育方針です。


 繰り返しますが、ヤンキーの人たちから「逃げる」自由、ヤンキーの人たちに関わらなくてもよい自由というものを保障すべきです。そして、恐怖を感じたときにその恐怖から「逃げる」自由というものは大切な自由のはずです。それらは、突き詰めれば「友達を無理やり作る事を強要されない自由、他者の人権を抑圧しない限りは個人の学業のあり方を認めていく自由」ということにもつながるかもしれませんが、要するに個人主義が大切だという事だと私は思います。いじめや犯罪、あるいはトラブルや騒動が激しくなったときに、個人主義が徹底されればそれだけ「同調圧力」も小さくなり、悪い事に手を染める人も少なくなる、そして比較的簡単に責任の所在が明白になり、余計なトラブルを抱えずに過ごす事ができるはずなのです。

 そうした「安全な学校生活」の基盤の上にたって、そこで認められる個人の自由権によって、自分で目標を持って何かを頑張ったりする選択とか、自分なりに身の丈にあった生活を享受したりする選択が保障されることではじめて、個人の能力や個性が広く引き出され、その結果として個人の「自己決定権」と、教育による結果が国益につながっていくこととの両立が図れるものだと思います。

 しかし今の学校現場の現実を見れば、教師が主導していじめを隠蔽したり、ヤンキーばかりを擁護したりする思考が強く出ていて、学校の荒廃した状況については、黙認ないし「事実上のお墨付きを与える」レベルの状態になってしまっています。このような環境では安心した学校生活は送れません。最近は土曜授業の復活などの方針を打ち出す地域も増えていますが、そもそも「学力の向上」をめざすのであれば、まずは「治安の悪すぎる学校」の現状をどうにか改善していくべきなのではないでしょうか。学校にいく日数が増えることにより、恐怖に晒される日々が増えるなら、むしろ「安心して勉強できる日数の減少」という現象につながるため、かえって学力の低下を引き起こすことになってしまうと私は思います。

posted by ななこ at 04:52| 時事の話題 | 更新情報をチェックする
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