2014年04月16日

クラス運営をどんなものだと考えているの?無責任極まりない教師が多い状況、いつになったら改善するのでしょうか?



 ある県で、高校の教師が勤務先の入学式を欠席して、自分の子どもの入学式に出席していたことが判明して問題となっています。

 この問題では様々な意見があるようですが、ケースによっては、例えば、教師の子どもが救急搬送されたとか、病気で万一の事態に陥ったなどの事態ならば、教師が自分の子どものところに向かうのは理解できる話ではあります。

 しかし、今回の事例のように、子どもの入学式の出席のためという理由ならば、教師として担当している学校の入学式に欠席する理由として正当な理由となるのかははなはだ疑問です。やはり、自分の担当するクラスに対して責任を負うということを考えなかったのだろうか、という疑問が残ります。


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 私の中学時代の時も、中1の時の担任が、生徒をほったらかしにするような、責任感ゼロという感じの担任で驚いたことがあります。(しかもその担任の場合、普段は生徒をほったらかしにする割には、自身の不祥事が明るみに出そうになると保身に走り、時には平気で口裏あわせしたりするような、「隠蔽工作」だけはやたらと熱心だった教師でしたが。)


 私のクラスでは、1学期のとき、合唱コンクールのような行事の練習のために放課後に居残りをしていた時があって、その居残りの理由は、担任が「俺の許可が出るまで、全員帰るな」みたいな事を係の生徒に対して指示していたことが理由でした。このとき、私自身は持病の治療のための病院の予約が入っていて放課後の居残りは本来ならできない状態だったのですが、それでも、私が病院に行く事すら「自分勝手だ」「おまえの病気が悪化しようと他の人は知ったことじゃない」みたいな感じで糾弾されたため、そのため私は病院より合唱コンクールの練習を優先せざるを得ないところにまで追い込まれたことを記憶しています。

 そんな中で、私も含め、他の人たちも放課後に居残りをしていたのですが、係の生徒の説明によれば、合唱の仕上がりが担任の納得のいく状態になったうえで、担任が「帰っていい」というまで、私達は帰宅できないということだったのですが、肝心の担任本人は、放課後の練習に同席していない状態でした。合唱が仕上がった段階で係の生徒が担任を呼びに行く、ということだったらしいです。

 しかし、担任も他の教師も同伴していない合唱コンクールの練習とか、誰も真面目に練習する事もないのは目に見えています。そうしているうちに時間が経過。しかも練習場所が校庭だったため、校庭で練習していた他のクラスのサッカー部の男子たちから私はボールをぶつけられる、そうした状況をクラスの人たちが面白がっている、そんな荒れ放題の状況でした。

 そうして時間が過ぎていき、係の生徒が、とりあえず担任を呼んで合唱のできばえを見てもらおう、として、担任が当初指示した通りに、体育教官室に担任を呼びに行った(ちなみに担任は体育担当だった)のですが、体育教官室に在室していた他の教師から、係の生徒に対して伝えられた内容は、担任が既に帰宅していたという話でした。

 係の生徒たちがこの状況に混乱し、また、担任の車が駐車場にあるか確認しにいったある同級生いわく「担任の車がない!」という話も出てきて、クラス中が混乱。そもそも、「俺の許可が出るまで全員帰宅するな」と指示していたはずの担任が既に帰宅しているわけで、誰の許可を取って帰宅していいのか、だれもわからない状態になってしまって、とりあえず代替手段として、係の生徒が音楽の担当教師を呼びに行くという流れになりました。しかし音楽の担当教師もなかなか動こうとせず、私を含め、クラスの生徒達は午後7時まで校庭に置いてきぼりにされ、午後7時になってようやく音楽の教師がやってきて、担任の代わりに帰宅許可を出したため、私達はようやく帰宅が許されたという感じでした。

 当時、私の親の立場からすると、病院の予約が入っているのに私の帰りが遅い状況に困惑していたそうです。また、当時はいじめが少なからずあったものの、まだ中1の最初の頃で、いじめが激しくなる前だったので、当時はまだ私と仲が良かった生徒もいた事は事実だったので、私と仲が良かった他の同級生の親も、子どもの帰りが遅いということを懸念して、私の親のところに私が帰宅しているのかという確認の電話もあったということでした。私の親から後に聞いた話によると、夜遅くになっても帰宅しない場合は親同士で連携して私達を捜索しに行こう、という話にまでなっていたようです。

 私達の立場としても、帰宅が遅くなる旨を事前に親に連絡したかったのですが、学校なので携帯などは持ち込み禁止、なので親に連絡する手段としては公衆電話しかないわけですが、学校に設置される公衆電話の場所に行く事すら、係の生徒から禁止されていました。要するに、係の生徒から「公衆電話に行くといって、本当は勝手に帰るつもりなんだろう」みたいな感じで勝手に決めつけられるため、全員が練習場所である校庭から離れる事を許されず、もちろん公衆電話だけでなくトイレに行くことすら許されない、というほどに拘束されていた感じだったので、親と連絡を取る事すら禁じられていたのです。

 そのため、私達の立場としても親に連絡を取る事はできず、しかも帰宅許可が出た午後7時は校舎はすでに生徒は誰もいない(部活動の生徒が校庭に残っている程度)。校舎が閉鎖されている状態だったので、ただ通学路に立地している公衆電話ボックスの存在だけは知っていたので、通学路にあった公衆電話から電話をかけて、ようやく親と連絡を取る事ができた状態でした。

 ただ、そもそも学校を出発したのは午後7時。通学距離が長かったので自宅までの所要時間も40分以上かかる状態だったので、実際に帰宅できたのはもっと遅い時間でした。



 そもそも、この問題は、「俺の許可が出るまで帰宅するな」と指示したはずの担任本人が、クラスの生徒を置いてきぼりにしたまま、担任自身が勝手に帰宅していたことで起きた混乱でした。しかしこの問題について、次の日以降も、担任は何も説明することなく、謝罪もない状態でした。もし、担任側にどうしても帰宅しなければならない事情があったなら、その事情を事後的にでも説明すればいいのに、その説明すら全く行われず、いつのまにか話がうやむやになっていた感じでした。



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 ただ、後々になって分かる事として、当時の担任は、担任としての業務はほとんど副担に任せるばかりの状態になっていき、3学期の時には、副担任のほうが本当の担任なのではないかといわざるを得ない状態でした。朝の会や帰りの会、給食などですら、担任は週1回出席するかしないかというような感じで、ほとんどの日は副担が事実上の担任というような感じになっていったわけです。


 そして、担任が教室に顔を出すときといえば、私に対して何かとイチャモンをつけて怒鳴りつけてくる時だけでした。クラスの中でのいじめが激しくなっていったため、担任はクラスの中のいじめを隠すために、私に対して身に覚えのない内容をでっち上げて糾弾する、そのための布石として私に対してなにかとイチャモンをつけてくる感じというか、もはやそれがクラスに顔を出す主目的になってるのではないかと言わざるを得ないほどの状況でした。


 あるときには、あたかも私が使用した給食着を洗濯して来ていないかのように、担任がいきなり話をでっち上げてきて私に対して決めつけてきていきなり教室で激昂しまくるというような感じのときもありました。この件については、実際のところ、私が使用して自宅で洗濯した後で所定の場所に返却していた給食着を、他の生徒が、私が返却したあとでぐちゃぐちゃにしていて、そのため、私に対してあたかも「給食着を洗ってきていない」かのように担任が決めつけてきた、という経緯もあります。別の同級生が「他の人が勝手に自分の番号以外の給食着を着ている例もある」と証言したため、私の無実は証明されたものの、その後、他の人を注意するということもなく、単に私が「犯人」ではなかったということが他の生徒の証言によって証明されたということについて、担任が勝手に苛立っていて、担任の機嫌が余計に悪くなったというだけの状況でした。


 ほかの時でも、給食当番がスプーンを2,3本ほど落としたため、それを給食当番本人が拾って洗いに行ったことについて、私は給食当番がスプーンを落とした現場から場所が離れていた座席だったにもかかわらず、担任は私を呼び出して「スプーンを拾わなかった不親切な人間」と決め付けてきて、私一人に対してだけ怒鳴りつけてきたりしたこともありました。他の給食当番とか、あるいは当番がスプーンを落とした現場に近い座席の人たちには何も言わないのに、担任はなぜか私だけを呼び出して、私に対して怒鳴りつけてきたのです。この件については、後に私の親が呼び出された際、担任や学校側は、スプーンの本数を「20~30本」と偽って私の親に対して説明し、わたしの事についてあたかも「給食当番がスプーンを大量に落としたのにそれを見てみぬふりをした自己中心的な人間」であるかのように話を捏造して、私の人格を貶めてきたという出来事も後に起こってしまい、ますます話がややこしくなってしまいました。事実関係としては、給食当番がスプーンを2,3本ほど落として、それを落とした本人が拾って洗いに行っただけの話なのに、当番が落としたスプーンの本数について学校側が「20~30本」という形で捏造した結果、私はあたかも「給食当番がスプーンを大量に落としたのにそれを見てみぬふりをした不親切な人間」であるかのようにイメージ付けられたということです。これも理不尽な話です。


 他にも、私は当時掲示物の掲示係だったのですが、正月の目標を書いた紙について担任は全員分を預かっていて、その掲示物を掲示する旨が2月になっても私のところに指示されることもなく、私自身も「いつになったら正月の掲示物が引き渡され、掲示すべき旨の指示が出るのだろうか、ちょっと遅すぎるのではないか」と思っていた矢先だった上、前述のように担任自身もクラスに顔を出す事が少ない状態だったので私としても連携すら取りにくい状況に困惑していた状況だったのですが、あるとき、このときの正月の目標を書いた紙を、担任が、これまで保管されていなかったはずの教卓からいきなり取り出してきて、私に対して「掲示物を張れって指示したのに、指示を守らない、いつになったらこれを掲示するんだ」みたいな感じでいきなり怒鳴りつけてきたという事もありました。私の立場から見れば、この掲示物については担任が預かったままの状態で、その掲示物を掲示すべき旨が指示されていない上に、担任がいつまでこの目標の紙を預かったままなのだろうかと疑問に思っていたところだったのですが。いきなりこんな形で、担任があたかも私に「指示を守らなかった、掲示物係の仕事を守らなかった人間」であるかのように、本来指示が無かった掲示物について、あたかも私の怠慢によって掲示されなかったかのように話を捏造してきて、みんなの前で怒鳴りつけてくる始末でした。その直後、私は担任から渡された掲示物を掲示したのですが、翌日、担任は朝の会に顔を出してきて「正月の目標だったのにもう2月になってしまいました、掲示物係がやっと紙を張ってくれました」みたいな感じの嫌味を延々と話し続けるような始末でした。担任が2日連続で朝の会に出席するのはこの時期としては珍しい現象で、しかも2日連続で私に対して攻撃的な態度を取ってきて、それ以外の時にはクラス担任の業務のほとんどを副担に任せっきりだったことからわかるように、担任は、もはや私の人格について貶めるような内容の話を延々と朝の会で演説する目的のためだけにクラスに顔を出しに来たのだろう、といわざるを得ない状況でした。当然、こんな状況では、他の同級生達も担任に同調して、私に対して「指示を守らず掲示物係の仕事をサボった」と決めつけてきて、いじめや暴力が一層エスカレートしました。しかも、掲示物係というのも私一人ではなく他の生徒も同じ係だったのに、ほかの掲示物係の生徒には、担任も同級生達も何も言わず、私一人に対してだけ集中攻撃的でした。しかも実際に掲示物係の仕事は私一人で行い、ほかの掲示物係の生徒達のほうがむしろサボっている状況だったのにもかかわらず、なぜか私だけが糾弾される流れになって行きました。それに、指示がなく掲示物も引き渡されていない状況なのに、私があたかも「怠慢によって掲示物係をさぼった」かのように話を捏造してきて担任が決めつけてきて、執拗にこのことを朝の会で延々と演説しまくる状況、このこと自体も異常でした。


 こんな状況が続き、あるとき、私は担任から呼び出され、体育教官室という密室の場所で、身に覚えのない「問題行動」をでっち上げられ、しかも同級生達が「証言」したとされる内容がまとめられ、「お前一人だけが違う事を言っている」みたいな感じで、私にとって見に覚えのない内容、いわば「冤罪」を着せられる形になったわけです。この時の話が元になって、私の知らないところで私の親だけが呼び出されて、私にとって見に覚えのない内容が学校側によってでっち上げられる流れになるのです。

 同級生達が教師と口裏合わせをして私に対して「冤罪」を着せてきた出来事は数多くあります。例えば、クラスの中で、同級生達が私に対してブーイング(親指を下にしながら暴言を吐く動作)をする事が流行している事に関して、担任や学校側は、あたかも私がこのブーイングの動作を他の生徒に対して行っているかのように、いわば「加害・被害」の関係を逆にするような捏造をしてきました。

 また、私がある男子から羽交い絞めにされ、別の男子から顔面を殴られたときの事についても、担任や学校側は、あたかも私が他の男子に暴力を振るおうとしたかのように話を捏造してきて、私を羽交い絞めにした男子の行為については、私が他の人に暴力を振るおうとしたのを止めただけ、というような形で、話の事実関係を捏造してきたのです。普通に考えて、私は他人に暴力をすることは倫理的にみても、あるいは力関係的にみても絶対にありえないし、また、私の顔面を殴ってきたのは男子たちのほうなのに、学校側はこのような形で話を捏造してきたのです。

 さらには、給食の時に牛乳パックをまとめて折りたたむ(班で最初に飲み終わった人が牛乳パックで箱を作り、2番目以降に飲み終わった人が牛乳パックを折りたたんでその箱に入れていき、最後に飲み終わった人がその牛乳パックを給食当番用の台に持参する)作業についても、班の人たちが、本来なら最後に飲み終わった人が持って行くべき牛乳パックについて、集団で私に押し付けてきて「おまえが毎回(牛乳パックを)持っていけばいいんだ」みたいな感じで暴言を言いつづけてきて、給食中に私に対して給食時間の度に牛乳パックを叩きつけてきたりとかの事もあったのですが、その話についても、学校・担任側は、あたかも私が「班のルール(彼らの主張によると「飲み終わった人の机に牛乳パックを置いておき、次の人が飲み終わった時点でその人が牛乳パックを取って自分の場所に置く」といった趣旨らしい)を守らなかった」かのように決めつけてきて、さらには、「班のルールについては別の女子から聞いていたはずなのにそのルールを守らなかった」人間であるかのように決めつけてきたという出来事もありました。この件について、私が別の機会の時に、この問題について「牛乳パックを叩きつけられて"お前が最後に持っていけ"といわれた」旨を証言したはずのことを、あたかも私が「"お前が最後に持っていけ"と"いわんばかり"の状況だった」と証言したかのように学校・担任側は捏造してきて、また、彼らが主張する「班のルール」なるものも、私は聞いていないということについて述べたにも関わらず、学校・担任側は「班のルールを聞いていたと証言していたはずだが、都合が悪いと話がコロコロ変わるんだな」と決めつけてきて私の人格を貶めたのです。しかも、彼らが後付けで主張している「班のルール」なるものも、彼らの主張によると「飲み終わった人の机に牛乳パックを置いておき、次の人が飲み終わった時点でその人が牛乳パックを取って自分の場所に置く」といった趣旨らしいのですが、そもそも同級生達が私に対して毎日のように牛乳パックを叩きつけてきたり押し付けてきたりした背景からみても、そんなルール自体はあるわけもないのは明白だし、「ルール」自体が彼らの中で仮に存在するとしても、その「ルール」は少なくとも守られてはいない、あるいは私に対して牛乳パックを押し付けたり叩きつけたりする内容のいじめを同級生達がごまかすために後付けで作った「ルール」なのでしょう。いずれにせよ、牛乳パックをめぐる一連の内容について、学校・教師側は「いじめ」の存在そのものをごまかすために私に罪をなすろうとしてどんどん後付けで話をでっち上げまくるわけですから、そもそも学校側と話がかみ合わない状況のまま話が混乱していくばかりでした。

 さらには、私は他の生徒に対して「言う事を聞かないと教育委員会に言うぞ」という脅し文句などは発言したことはないのですが、あたかも私がこのような脅し文句を言ったかのように学校側が捏造し、しかも「目撃者」として、私とは面識がないはずの、当時の卓球部の顧問がこの話を「目撃者」として証言するなどのこともあったらしく、その話は私自身に事実確認の話すらないまま、私の知らないところで、学校側が私の親に対して勝手にこのような虚偽の話を「生徒指導」という建前を使って説明したという出来事もあり、これも私の人格が不当に貶められる状況になりました(後に知人の先輩の親御さんから私の親が聞いた話によると、学校内の部活の顧問人事をめぐって、卓球部の顧問がバスケ部の顧問に鞍替えしようとしていた事情から、卓球部の顧問が、当時バスケ部の顧問だった私の担任に対してゴマをする目的で、私の担任が私の事を気に食わないという事に着目して、私の担任に対してすり寄る目的で、本来面識のないはずの私の事について事実無根の事をでっち上げて私の事を貶めたのだろう、ということも、かなり現実的な話として伝わっています。)


 ほかにも、あたかも私が他の人の文房具を壊したかのような話だったりとか、成績が良くないとされる人に対してあたかも私が馬鹿にしたような発言をしているかのような話だったり、とか、様々な話を学校側はでっち上げてきました。


 このようにして、私にとって見に覚えのないこと、自分がやってもいない事を学校教師によってでっち上げられ、私のいないところで、同級生達と口裏合わせして教師が「証言集」みたいなものをまとめあげてたりして、しかも私のいないところ(当然、私には反論の機会すら与えられなかった)で私の親に対して、私に対して事実確認も行われていない出来事まで含めて、学校側は私のことについて私の親に対して事実無根の中傷を行ったわけです。背景には、私が学校でいじめを受けていたことについて、学校側がいじめを隠蔽するために、事実関係を捏造して私に罪を擦り付ける事で、私の人間としての信用を貶めるやりかたでいじめ問題に関する相談などを封じ込めようというような学校側の意図があったわけです。


 私が受けた一連のいじめについて、一部の女子の間では「担任がいじめを煽る発言をするから、いじめが激しくなる」という話が言われていたらしく、その話を他のクラスの同級生に漏らした同級生がいて、その話が他のクラスの同級生の親を通じて私の親のところに話が伝わったという出来事もありました。また、中1の出来事について教師と口裏合わせして、事実無根の事について「証言」するなど、学校側と結託した側だった、当時のいじめっこの男子のうち1人が、この5年後、高校2年になってから、高校自体は私とは別の学校でしたが、私のところに謝罪に訪れるという出来事もあり、そのときになって、「担任から"○○(私の名前)を不登校に追い込め"と指示されて、自分は当時の学級委員長(総務)だったから反抗できなかった」旨を私に対して証言した、という出来事もありました。ちなみにその証言者は、高校卒業後地元を離れるという覚悟を決めたことで、私のところに謝罪に訪れたのだろうです。ただ、そのような「正直な人」は同級生たちやPTA等の中では珍しい状況なのも事実で、20代になっても、私の地元では、中1から高校にいたるまでのいじめの件に絡んだ事実無根の噂話とか、いたずら電話やピンポンダッシュ等があったのも事実です。私の親が、いじめや学校主導の口裏あわせに加担した同級生の親たちから睨まれる、という状況も現実にあるということ。一連の問題の怨嗟が、学校卒業後もかなり残ってしまっている現実はとてもつらいものです。




 このように、私が中学時代に受けたいじめ。教師や学校側の保身体質により、事実無根の話をでっち上げられるなどの「どろ沼」状態でした。教師や学校側といじめっ子達が口裏合わせするなどの状況、そうした形で、学校の中で日常的に起きていた暴力や暴言などのいじめの内容について隠されてきて、さらに、私は「冤罪」によって人間としての人格も信用も不当に貶められたのです。

 そうした「隠蔽工作」とかの、保身に走るような事ばっかりは、悪い意味で「熱心」な学校側。しかし裏を返せば、普段のクラス運営とかは、いじめの問題に限らず普段の業務も含め、無責任なばかりか、責任を生徒に対してなすりつける教師も多いわけです。要するに、「やるべき事はやらず、自らの保身のためのことばかりは、悪い意味で熱心」な教師が多いのです。このような、無責任極まりない教師が多い状況、いつになったら改善するのでしょうか?
posted by ななこ at 02:59| その他 | 更新情報をチェックする
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