2014年06月26日

鹿児島県鹿屋市の女子中学生が被害を受けたセクハラ問題、私個人としては他人事とは思えないです…。

 今日、ある報道をみて驚いた出来事がありました。

 2007年に鹿児島県鹿屋市の女子中学生が当時の校長からドライブに誘われてその場においてセクシャル・ハラスメントを受けてPTSDを患った事件がありました。2007年当時の報道でも、校長は、女子生徒をドライブに誘ったことについて認めていたわけで、ただセクハラに関する細かい事実関係については、被害者側と教育行政・校長側とで争いがあったため訴訟が長期化した事例です。昨年、事実関係が(限定的であったとしても)認定されて、訴訟においても市に対して141万円の支払いが命じられた裁判があった(判決の確定は2013年)ことは記憶に新しいものです。県の教育委員会も、校長に対して退職金の返納命令を出したことでも知られています。


 ちなみに、当時の女子中学生だった被害者は、今は20代前半の年齢になっており、鹿児島県外に居住しているという話は聞いたことがあります。


 しかし、このセクハラ問題で、被害者の心を更に傷つけようとしている動きが鹿児島県内で見られているようです。まず、6月20日に、自民党の鹿児島県議が「(女子生徒の)小さなうそから始まった冤罪事件」という発言をしていたということ、そして6月25日には、7年前の当時の中学校のPTA会長が会見を開き、当時の教頭の発言を引用する形で「女性に虚言癖があった」などと言って退職金の返納命令に抗議しているとの話も出てきています。


 被害を受けた女性が、7年の時間が経過して現在では鹿児島県外に居住している状況のなかで、本人のいない鹿児島県内において、相次いで県議会や学校のPTAがこのような動きを見せ始めているということ。なんだか不穏な動きが進行しはじめている様な印象もあります。この場面の及んでも、なお、被害者である女子生徒の心を踏みにじり続けようとしている人たちがいるという現実。当時、被害者がPTSDを患っている事実もあり、こうした鹿児島県内の不穏な動きが、被害者の心を一層傷つけてしまい、最悪の場合、フラッシュバックのような事が起きて、被害者の心が再び弱ってしまって取り返しのつかないことになってしまうのではないか、ということを危惧せざるをえません。裁判が終結しても泥沼化している今回の事例。被害者にとっては、未だに現在進行形で苦しみが続いている問題なのではないでしょうか。被害を受けた女性が、7年経った現在でも現在進行形で中傷されている現実。被害者の気持ちを思うと本当に心が痛みます。

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 私自身は、この事件については報道されたこと以上のことを知りえない立場ですので、詳しいことはいえませんが、ただひとついえるのは、私自身も鹿児島でいじめを受けて教師の保身体質とかのなかでいやな思いをした立場であり(私自身の場合は鹿児島市内だったので、今回の事件の舞台である鹿屋市とは地域的には違う地域ではありますが)、その立場から申し上げると、個人的には、私が直面したいじめ問題と、鹿屋市のセクハラ問題とで、かなりの共通点がみえてくるということがいえるのです。


 私が受けたいじめの時も、「被害者本人の居ないところで、加害者や教師達が保身のために口裏を合わせていたりする」やり方とか「被害者に弁明の機会を与えない意図で被害者の居ない場所で、被害者の事を中傷する」やり方とか、あと、学校当局とPTAとが結託して被害者と対立している構図とか、そして時間が経過して当時のトラブルの記憶が薄まりつつある状況を悪用して、加害者側が被害者を中傷し始める構図とか、それらの現象が見られました。


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 私自身がいじめを受けたときも、PTAと学校側が口裏合わせして保身を図っていたりとか、そもそもPTAと学校側の話し合いに私や私の家族が同席を許されず、結局学校側がPTAと同調した見解を出してたりとかも目の当たりにしました。更には、学校側は、同級生達が私に対して行った暴力や暴言などについて隠蔽した上で、今度は私に対して事実無根の罪を着せてくる手法で、組織的ないじめの隠蔽を図ったわけです。要するに、私の知らないところで私の親だけが学校側から呼び出され、私の同席のないところで、学校側が「生徒指導」という形で、私の親に対して、私にとって見に覚えのない「問題行動」をでっち上げて、私の事を中傷するようなことをしてきました(当然私はその場に居合わせていないので反論できないまま、学校側から不当に人格を貶められた)。一方で同級生達が私に対して行った暴力や暴言などについては隠蔽する状態でした。さらにそのときの話が引継ぎなどを通じて学年をまたいで勝手に流布されて、その結果、私が他の人から暴力や暴言を受けても、私のほうが悪者扱いされる(そのたびに私がやってもいないような発言や行動が繰り返しでっち上げられ、それが積み重なって「前科」のような形となって、それが更に別件の時に「前例」として持ち出されて、再び私のほうが悪者扱いされる、そしてその繰り返しになっていくという形になる)、そうした学校現場の実態をいやというほど経験しました。


 私が実際に被害を受けたいじめ問題に関して、特に教師や学校側の隠蔽工作的なものについて目の当たりにした出来事については、以前の記事にも言及していると思いますが、特にひどかった中1の時の出来事について、以前に書いた記事の中に、私が経験した中1の時の出来事について言及した部分について、あらためてまとめる形で、以前の記事を再掲いたします。


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(中1の10月の出来事について)

http://educateiroiro.seesaa.net/article/375098581.html

 私自身は普通の公立の学校でしたが、結構荒れていて、学級崩壊も酷かったのですが、やはりクラスではいじめが起こり、実を言うと私は標的にされていたのですが(後に女子の中の一部の人たちが正直に「担任がいじめを誘発していた」と証言したことで、担任がますます私を目の敵にするようになった経緯もあるくらいの状況もありました)、その当時、建前だけの学級会が行われた事があり、そのとき、加害者側に挙手させていじめの内容について問うといったことがあったのですが、そのとき、担任が、いじめを隠すために、加害者側が「いじめ」という言葉を使うたびに、「本当にいじめなのか!」と怒鳴りつけ、加害者の人たちに「いじめ」という言葉を「ちょっかい」や「いたずら」と言う言葉に無理やり言い直させるといったこともありました。

 しかも、この学級会で担任が一番最初に指名して発言させた加害者の男子は、実は担任が顧問を務める部活動所属の生徒で、「担任の言いなりにならなければ部活で体罰を受ける」可能性がきわめて高かった立場にある生徒でした。現実にその生徒に対する理不尽な体罰が授業中に行われている状況は学級内でも知られているくらいでした。要するに、クラスの中でいじめっ子だった人の中の少なくとも一人は、部活動で顧問となっている私のクラスの担任から、部活動内でいじめを受けていた立場だったということもいえます。

 そのため、その加害者の生徒は、いじめに関する学級会の時でも、担任の言いなりになって「いじめ」という言葉を撤回せざるを得ない立場にあった(本来はそうあってはならないが、担任の言いなりにならなければその生徒の身に危険が及んでしまうという現状があったということ)わけです。これも、「クラスでのいじめの加害者」が受けていた「部活動における体罰の被害」の影響が大きかったのだと思います。

 しかも、そのとき、その加害生徒が学級会の中で一番最初に発言を求められた生徒だったということもあり、結果的に、その後で発言する立場にあった、別の加害者の生徒達は、いわば「空気を読む」形になって、自ら「いじめ」を隠したり、被害者に責任転嫁する発言をしたりする(例えば「周りに合わせないから悪い」とか「冗談を冗談としてとらえないほうが悪い」などという発言)ようになっていきました。

 そして、結果的に、正直にいじめ行為を認めて申告しようとした加害者の正直な声までも担任が封じ込めるといったことになりました。いじめを解決するための学級会が、一転して「いじめを隠す」ための学級会に変わってしまったのです。



(10月の学級会の後、学校側が召集した12月の保護者会前後の出来事について)

http://educateiroiro.seesaa.net/article/375977378.html


私自身も中学でいじめのターゲットにされていたときに、当時私が受けていたいじめが担任主導のものだったということもあって、それが学級崩壊にも繋がる要因にもなっていたということもあって、私のクラスでは、学年主任や教頭が主導して、特別に保護者会が召集される状況にもなったことがあります。

 そのときの話し合いというのは、被害を受けていた私本人も、そして加害者となった同級生達も、両方の立場の「生徒」については誰も出席を認められることがなく、「学校関係者と保護者」という大人の中だけで勝手に話し合いが行われていました。「いじめ対策」のための話し合いという趣旨からいうと、「いじめた本人といじめられた本人」の両方が不在の会議というのはどう考えても不自然だったのですが、しかも、その上に、私の親は他の保護者とは別のところに隔離された状態で、保護者会から締め出され、最後の一部だけその会場に呼ばれて、話し合いの中身もろくにないままに解散したということだったそうです。結局は、生徒である私だけでなく、私の親もこの保護者会の中身をよく知ることができないままの状態で保護者会が終了した形になっていました。(つまりこの保護者会は、私の親を除いたクラスの保護者と、学校関係者だけで行われた話し合いだったということになります。)

 そのため、加害者となっている保護者に対して学校側がどのような説明をしたのかすら、私や私の親は把握する事ができませんでしたし、この件について学校側にあらためて問い合わせても、「記録が残っていない」「覚えていない」の一点張りで話にもならない状況でした。

 そして、この話し合いのあと、加害者の親が、私の親に対して、すれ違い様に肘鉄をしてきたりするような嫌がらせも始まり、PTAの会議で私の親の靴がばらばらの場所に無造作に投げられていたりしたということもあったそうです。(もちろん私自身も、学校で同級生達から受けるいやがらせがさらにハードなものになっていく現実が目に見えてわかるくらいの状況を目の当たりにしました。)

 このとき、PTA関係者や保護者の態度もおかしいものになっている背景として考えられるのは、先に述べた、例の保護者会の時に、加害者の保護者に対して学校側が、虚偽の説明をして私や私の親の事を貶めるような説明をすることで、学校側がいじめを隠そうとしていたのではないかということが、この件の事を知っている一部の人たちの間では指摘されているところではあります。

 そして、その後の学校の「指導」方針といえば、加害者たちが担任と結託して、私に関するうその中身を学校の中で言うようになったり、私のいないところで私の親だけが呼び出され、私に関する嘘の「問題行動」をでっちあげることで、私を「ウソツキ」扱いして自らの保身を図っていたりするような状態になっていきました。

 私のいないところで、勝手に見に覚えの無い話が私の親に対して告げられたという事実、そしてその後の学校側の私に対する態度(担任がでっち上げた中身が、あたかも「前科」のように私の評判を貶めた形で、学年が進級した後とか後々の学校側の指導の中にも、このときでっちあげられた「前科」が常に持ち出されて私が悪者扱いされる感じだった)は今でも忘れる事がありません。




(中1の1~3月の状況について)

http://educateiroiro.seesaa.net/article/394766775.html

当時の担任は、担任としての業務はほとんど副担に任せるばかりの状態になっていき、3学期の時には、副担任のほうが本当の担任なのではないかといわざるを得ない状態でした。朝の会や帰りの会、給食などですら、担任は週1回出席するかしないかというような感じで、ほとんどの日は副担が事実上の担任というような感じになっていったわけです。


 そして、担任が教室に顔を出すときといえば、私に対して何かとイチャモンをつけて怒鳴りつけてくる時だけでした。クラスの中でのいじめが激しくなっていったため、担任はクラスの中のいじめを隠すために、私に対して身に覚えのない内容をでっち上げて糾弾する、そのための布石として私に対してなにかとイチャモンをつけてくる感じというか、もはやそれがクラスに顔を出す主目的になってるのではないかと言わざるを得ないほどの状況でした。


 あるときには、あたかも私が使用した給食着を洗濯して来ていないかのように、担任がいきなり話をでっち上げてきて私に対して決めつけてきていきなり教室で激昂しまくるというような感じのときもありました。この件については、実際のところ、私が使用して自宅で洗濯した後で所定の場所に返却していた給食着を、他の生徒が、私が返却したあとでぐちゃぐちゃにしていて、そのため、私に対してあたかも「給食着を洗ってきていない」かのように担任が決めつけてきた、という経緯もあります。別の同級生が「他の人が勝手に自分の番号以外の給食着を着ている例もある」と証言したため、私の無実は証明されたものの、その後、他の人を注意するということもなく、単に私が「犯人」ではなかったということが他の生徒の証言によって証明されたということについて、担任が勝手に苛立っていて、担任の機嫌が余計に悪くなったというだけの状況でした。


 ほかの時でも、給食当番がスプーンを2,3本ほど落としたため、それを給食当番本人が拾って洗いに行ったことについて、私は給食当番がスプーンを落とした現場から場所が離れていた座席だったにもかかわらず、担任は私を呼び出して「スプーンを拾わなかった不親切な人間」と決め付けてきて、私一人に対してだけ怒鳴りつけてきたりしたこともありました。他の給食当番とか、あるいは当番がスプーンを落とした現場に近い座席の人たちには何も言わないのに、担任はなぜか私だけを呼び出して、私に対して怒鳴りつけてきたのです。この件については、後に私の親が呼び出された際、担任や学校側は、スプーンの本数を「20~30本」と偽って私の親に対して説明し、わたしの事についてあたかも「給食当番がスプーンを大量に落としたのにそれを見てみぬふりをした自己中心的な人間」であるかのように話を捏造して、私の人格を貶めてきたという出来事も後に起こってしまい、ますます話がややこしくなってしまいました。事実関係としては、給食当番がスプーンを2,3本ほど落として、それを落とした本人が拾って洗いに行っただけの話なのに、当番が落としたスプーンの本数について学校側が「20~30本」という形で捏造した結果、私はあたかも「給食当番がスプーンを大量に落としたのにそれを見てみぬふりをした不親切な人間」であるかのようにイメージ付けられたということです。これも理不尽な話です。


 他にも、私は当時掲示物の掲示係だったのですが、正月の目標を書いた紙について担任は全員分を預かっていて、その掲示物を掲示する旨が2月になっても私のところに指示されることもなく、私自身も「いつになったら正月の掲示物が引き渡され、掲示すべき旨の指示が出るのだろうか、ちょっと遅すぎるのではないか」と思っていた矢先だった上、前述のように担任自身もクラスに顔を出す事が少ない状態だったので私としても連携すら取りにくい状況に困惑していた状況だったのですが、あるとき、このときの正月の目標を書いた紙を、担任が、これまで保管されていなかったはずの教卓からいきなり取り出してきて、私に対して「掲示物を張れって指示したのに、指示を守らない、いつになったらこれを掲示するんだ」みたいな感じでいきなり怒鳴りつけてきたという事もありました。私の立場から見れば、この掲示物については担任が預かったままの状態で、その掲示物を掲示すべき旨が指示されていない上に、担任がいつまでこの目標の紙を預かったままなのだろうかと疑問に思っていたところだったのですが。いきなりこんな形で、担任があたかも私に「指示を守らなかった、掲示物係の仕事を守らなかった人間」であるかのように、本来指示が無かった掲示物について、あたかも私の怠慢によって掲示されなかったかのように話を捏造してきて、みんなの前で怒鳴りつけてくる始末でした。その直後、私は担任から渡された掲示物を掲示したのですが、翌日、担任は朝の会に顔を出してきて「正月の目標だったのにもう2月になってしまいました、掲示物係がやっと紙を張ってくれました」みたいな感じの嫌味を延々と話し続けるような始末でした。担任が2日連続で朝の会に出席するのはこの時期としては珍しい現象で、しかも2日連続で私に対して攻撃的な態度を取ってきて、それ以外の時にはクラス担任の業務のほとんどを副担に任せっきりだったことからわかるように、担任は、もはや私の人格について貶めるような内容の話を延々と朝の会で演説する目的のためだけにクラスに顔を出しに来たのだろう、といわざるを得ない状況でした。当然、こんな状況では、他の同級生達も担任に同調して、私に対して「指示を守らず掲示物係の仕事をサボった」と決めつけてきて、いじめや暴力が一層エスカレートしました。しかも、掲示物係というのも私一人ではなく他の生徒も同じ係だったのに、ほかの掲示物係の生徒には、担任も同級生達も何も言わず、私一人に対してだけ集中攻撃的でした。しかも実際に掲示物係の仕事は私一人で行い、ほかの掲示物係の生徒達のほうがむしろサボっている状況だったのにもかかわらず、なぜか私だけが糾弾される流れになって行きました。それに、指示がなく掲示物も引き渡されていない状況なのに、私があたかも「怠慢によって掲示物係をさぼった」かのように話を捏造してきて担任が決めつけてきて、執拗にこのことを朝の会で延々と演説しまくる状況、このこと自体も異常でした。


 こんな状況が続き、あるとき、私は担任から呼び出され、体育教官室という密室の場所で、身に覚えのない「問題行動」をでっち上げられ、しかも同級生達が「証言」したとされる内容がまとめられ、「お前一人だけが違う事を言っている」みたいな感じで、私にとって見に覚えのない内容、いわば「冤罪」を着せられる形になったわけです。この時の話が元になって、私の知らないところで私の親だけが呼び出されて、私にとって見に覚えのない内容が学校側によってでっち上げられる流れになるのです。

 同級生達が教師と口裏合わせをして私に対して「冤罪」を着せてきた出来事は数多くあります。例えば、クラスの中で、同級生達が私に対してブーイング(親指を下にしながら暴言を吐く動作)をする事が流行している事に関して、担任や学校側は、あたかも私がこのブーイングの動作を他の生徒に対して行っているかのように、いわば「加害・被害」の関係を逆にするような捏造をしてきました。

 また、私がある男子から羽交い絞めにされ、別の男子から顔面を殴られたときの事についても、担任や学校側は、あたかも私が他の男子に暴力を振るおうとしたかのように話を捏造してきて、私を羽交い絞めにした男子の行為については、私が他の人に暴力を振るおうとしたのを止めただけ、というような形で、話の事実関係を捏造してきたのです。普通に考えて、私は他人に暴力をすることは倫理的にみても、あるいは力関係的にみても絶対にありえないし、また、私の顔面を殴ってきたのは男子たちのほうなのに、学校側はこのような形で話を捏造してきたのです。

 さらには、給食の時に牛乳パックをまとめて折りたたむ(班で最初に飲み終わった人が牛乳パックで箱を作り、2番目以降に飲み終わった人が牛乳パックを折りたたんでその箱に入れていき、最後に飲み終わった人がその牛乳パックを給食当番用の台に持参する)作業についても、班の人たちが、本来なら最後に飲み終わった人が持って行くべき牛乳パックについて、集団で私に押し付けてきて「おまえが毎回(牛乳パックを)持っていけばいいんだ」みたいな感じで暴言を言いつづけてきて、給食中に私に対して給食時間の度に牛乳パックを叩きつけてきたりとかの事もあったのですが、その話についても、学校・担任側は、あたかも私が「班のルール(彼らの主張によると「飲み終わった人の机に牛乳パックを置いておき、次の人が飲み終わった時点でその人が牛乳パックを取って自分の場所に置く」といった趣旨らしい)を守らなかった」かのように決めつけてきて、さらには、「班のルールについては別の女子から聞いていたはずなのにそのルールを守らなかった」人間であるかのように決めつけてきたという出来事もありました。この件について、私が別の機会の時に、この問題について「牛乳パックを叩きつけられて"お前が最後に持っていけ"といわれた」旨を証言したはずのことを、あたかも私が「"お前が最後に持っていけ"と"いわんばかり"の状況だった」と証言したかのように学校・担任側は捏造してきて、また、彼らが主張する「班のルール」なるものも、私は聞いていないということについて述べたにも関わらず、学校・担任側は「班のルールを聞いていたと証言していたはずだが、都合が悪いと話がコロコロ変わるんだな」と決めつけてきて私の人格を貶めたのです。しかも、彼らが後付けで主張している「班のルール」なるものも、彼らの主張によると「飲み終わった人の机に牛乳パックを置いておき、次の人が飲み終わった時点でその人が牛乳パックを取って自分の場所に置く」といった趣旨らしいのですが、そもそも同級生達が私に対して毎日のように牛乳パックを叩きつけてきたり押し付けてきたりした背景からみても、そんなルール自体はあるわけもないのは明白だし、「ルール」自体が彼らの中で仮に存在するとしても、その「ルール」は少なくとも守られてはいない、あるいは私に対して牛乳パックを押し付けたり叩きつけたりする内容のいじめを同級生達がごまかすために後付けで作った「ルール」なのでしょう。いずれにせよ、牛乳パックをめぐる一連の内容について、学校・教師側は「いじめ」の存在そのものをごまかすために私に罪をなすろうとしてどんどん後付けで話をでっち上げまくるわけですから、そもそも学校側と話がかみ合わない状況のまま話が混乱していくばかりでした。

 さらには、私は他の生徒に対して「言う事を聞かないと教育委員会に言うぞ」という脅し文句などは発言したことはないのですが、あたかも私がこのような脅し文句を言ったかのように学校側が捏造し、しかも「目撃者」として、私とは面識がないはずの、当時の卓球部の顧問がこの話を「目撃者」として証言するなどのこともあったらしく、その話は私自身に事実確認の話すらないまま、私の知らないところで、学校側が私の親に対して勝手にこのような虚偽の話を「生徒指導」という建前を使って説明したという出来事もあり、これも私の人格が不当に貶められる状況になりました(後に知人の先輩の親御さんから私の親が聞いた話によると、学校内の部活の顧問人事をめぐって、卓球部の顧問がバスケ部の顧問に鞍替えしようとしていた事情から、卓球部の顧問が、当時バスケ部の顧問だった私の担任に対してゴマをする目的で、私の担任が私の事を気に食わないという事に着目して、私の担任に対してすり寄る目的で、本来面識のないはずの私の事について事実無根の事をでっち上げて私の事を貶めたのだろう、ということも、かなり現実的な話として伝わっています。)


 ほかにも、あたかも私が他の人の文房具を壊したかのような話だったりとか、成績が良くないとされる人に対してあたかも私が馬鹿にしたような発言をしているかのような話だったり、とか、様々な話を学校側はでっち上げてきました。


 このようにして、私にとって見に覚えのないこと、自分がやってもいない事を学校教師によってでっち上げられ、私のいないところで、同級生達と口裏合わせして教師が「証言集」みたいなものをまとめあげてたりして、しかも私のいないところ(当然、私には反論の機会すら与えられなかった)で私の親に対して、私に対して事実確認も行われていない出来事まで含めて、学校側は私のことについて私の親に対して事実無根の中傷を行ったわけです。背景には、私が学校でいじめを受けていたことについて、学校側がいじめを隠蔽するために、事実関係を捏造して私に罪を擦り付ける事で、私の人間としての信用を貶めるやりかたでいじめ問題に関する相談などを封じ込めようというような学校側の意図があったわけです。




(中1のときの一連のトラブルが原因と思われる、高校時代から20代にかけての出来事について)

http://educateiroiro.seesaa.net/article/375977378.html


中学1年の時に流された、事実無根の噂話が、5年経過した後の高校生になってから、地域でもっと変な話に脚色されていて、私の親の職場にまで迷惑がかかる事態に発展した




http://educateiroiro.seesaa.net/article/394766775.html

中1の出来事について教師と口裏合わせして、事実無根の事について「証言」するなど、学校側と結託した側だった、当時のいじめっこの男子のうち1人が、この5年後、高校2年になってから、高校自体は私とは別の学校でしたが、私のところに謝罪に訪れるという出来事もあり、そのときになって、「担任から"○○(私の名前)を不登校に追い込め"と指示されて、自分は当時の学級委員長(総務)だったから反抗できなかった」旨を私に対して証言した、という出来事もありました。ちなみにその証言者は、高校卒業後地元を離れるという覚悟を決めたことで、私のところに謝罪に訪れたのだろうです。ただ、そのような「正直な人」は同級生たちやPTA等の中では珍しい状況なのも事実で、20代になっても、私の地元では、中1から高校にいたるまでのいじめの件に絡んだ事実無根の噂話とか、いたずら電話やピンポンダッシュ等があったのも事実です。私の親が、いじめや学校主導の口裏あわせに加担した同級生の親たちから睨まれる、という状況も現実にあるということ。一連の問題の怨嗟が、学校卒業後もかなり残ってしまっている現実はとてもつらいものです。




 ここまで、このブログで私が以前に書いた記事の一部分を抜粋し再掲載しました。ここまで述べてきたことは、私がいじめを受けたときの学校側の対応などについての実体験です。以前からも、わたしの実体験についてこのブログで何度も書いていたので、以前の記事を整理してまとめると、当時の事をある程度説明できているかなあ、とは思います。全部については書ききれませんが、私が実際に被害を受けたいじめ問題に関して、特に教師や学校側の隠蔽工作的なものについて目の当たりにした出来事について、私が以前に書いた実体験から見ても、学校側の保身工作の「手口」の輪郭が見えてくるように思います。


 それは、先に述べたように、

1)被害者本人の居ないところで、加害者や教師達が保身のために口裏を合わせていたりするということ(数の力で口裏あわせすることによって加害者や教師達が「事実関係を歪曲する」やりかたで、少数派である被害者を「ウソツキ」扱いしてさらに被害を拡大させていくやりかた)

2)被害者に弁明の機会を与えないやりかたで、「被害者の居ない場所」で、加害者や教師達が保身のために被害者の事を中傷していたりするということ

3)学校当局とPTAとが結託して被害者と対立している構図

4)そして時間が経過して当時のトラブルの記憶が薄まりつつある状況を悪用して、加害者側が被害者を中傷し始め、トラブルが長期化する

 ということがいえるのではないでしょうか。



 そして、いじめ問題をめぐって私が実際に目の当たりにした学校や教師、PTAや教育委員会などの「保身」のための手口、これは私だけが経験した話ではないということです。それは、冒頭で述べた、鹿屋市のセクハラ問題で被害者に対して中傷が行われている問題、そして、別のケースで有名な例としては出水市のいじめ問題(いじめのアンケート開示をめぐって地域世論が二分されている事例であり、加害者側のPTAと教育委員会が結託し、被害者家族が中傷されているケース)などもありますが、これらの事件はそれぞれ個別のケースとしては全く違うケースではあれども、構図としては私が実際に受けてきたいじめ、そして当時の学校やPTAなどの対応と似ていると考えています。


 私自身の場合は鹿児島市内の学校でいじめをうけ、教師やPTAからの中傷で苦労した(「いじめ」そのものより、「いじめ」を隠すために大人たちが私や私の家族の事を中傷してきたりするやり方のせいで「いじめ」がさらにひどくなってしまった悪循環のほうがひどく、結局は泥沼化してしまった)経緯がありますが、
偶然にも、私がいじめを受けた鹿児島県内で、(私が学校時代をすごした自治体とは別の自治体ではありますが)鹿屋市で女子生徒が受けたセクハラ問題という事例において、私が受けたいじめと同じような構図のなかで泥沼化してしまっている現実が現在進行形で残っているということ。この背景は何なのだろうか?自治体が異なるとはいえ、やはり鹿児島という土地柄の影響ゆえの問題なのか?それとも他のファクターも大きいのだろうか?というようなことも考えてしまうほど、それだけ、私自身がいじめ問題をめぐってPTAや学校側と対立した時と、今回の鹿屋市の事例とでは、類似点が多いような気がしてなりません。


 いずれにしても、今回の鹿屋市の事例は、被害者である女性の心境を察すると、私としても他人事とは思えないほど、心が痛む出来事です。教師やPTAの保身体質、ほんまに酷すぎです。
posted by ななこ at 03:00| いじめ問題 | 更新情報をチェックする
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