2014年10月01日

香港の「雨傘革命」デモからみえてくる、学生達の政治への思い。日本も見習うべきだと思います。

 香港で、選挙制度の改革をめぐりデモが行われています。一般的に「雨傘革命」とも呼ばれていますが、そのデモの担い手が、10代から20代の学生たちであることも注目されています。

 今回の香港のデモについては、政府の意向に沿った人物しか選挙に出馬できないような形の選挙制度改革が行われようとしていることに、一般市民が危機感を持ちはじめたということがいえます。民主主義の気風が後退していく現状に対して、高校生のみならず中学生も含めた若者達が、「今の中国政府のやり方はおかしい」という意見表明を行っています。

 私が思うのは、最も大切なのは、中学生や高校生が政治に対してしっかりと考え、自分の意見を持ち、その意見を表明する権利というものがしっかりと保障されるべきということです。その観点から、今回の香港におけるデモについても、私個人としては学生達の民主主義への思いが何らかの成果となって残っていくことを願ってやみません。


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 そして、私自身は日本人であり、日本の教育を受けてきた立場なので、香港のニュースを見ていても、やはり日本の今の現状について考えてしまうのですが、少なくとも私の経験上、日本において、中学生や高校生が自分の意見を持ってそれを表明できるかといえば、残念ながらそうではないのが現状だと思います。


 以前からもこのブログではたびたび書いている内容だとは思いますが、本来なら、中学生が政治参加をする練習としては、学級会の議論とか、生徒会選挙などの学校行事が挙げられます。しかし、私自身の中学時代の経験から言うと、学級会とか生徒会とかいうものは、学校側が管理教育を強めるための「道具」としてしか使われていなかったと思います。


 その意味では、私は、生徒会活動については批判的な立場ですし、生徒会が民主化されないのであれば生徒会は廃止すべきというのが私の持論です。また、学級会のあり方も、「協調性」の名の下に、意見を自由に言えない空気がある事が問題だという事について、このブログでも以前に取り上げたとおりです。
(参考記事)学校の生徒会や学級会の経験を社会人になってもひきずっている人が、選挙でポピュリズム的な投票行動を行っている。



 学級会などで、他の人と違う意見を言っただけでバッシングの対象となったり、「まわりにあわせろ」という同調圧力が強まっていったりしていったり、「自分の意見とは違う事、明らかにふざけている中身の事」ですら、「賛成」しなければならなくなったりする、そうして異論を封じ込める手法で学校が運営されていくと、学校内部のいじめもより悪質なものになっていきます。「まわりにあわせる」感覚でいじめに加わっていく同級生達も多くなり、いじめに歯止めがかからなくなるのです。

 特に、私は学校でいじめの標的にされていた立場だったので、「いじめを隠蔽すること」に躍起になっていた学校側・教師やPTAなどとは険悪な関係にあったのですが、特に酷かったのは、中学校側がいじめを隠すために、私がやってもいない、見に覚えのない問題言動等を教師達が「同級生達の証言」を基にしてでっちあげてきて、私の同席のないところで私の親だけを呼び出して学校側が私の事を中傷する、という出来事も起きるほどに話が泥沼化してしまったということです。

 学校側は、同級生達が私に対して行った暴力や暴言などについて隠蔽した上で、今度は私に対して事実無根の罪を着せてくる手法で、組織的ないじめの隠蔽を図ったわけです。要するに、私の知らないところで私の親だけが学校側から呼び出され、私の同席のないところで、学校側が「生徒指導」という形で、私の親に対して、私にとって見に覚えのない「問題行動」をでっち上げて、私の事を中傷するようなことをしてきました(当然私はその場に居合わせていないので反論できないまま、学校側から不当に人格を貶められた)。一方で同級生達が私に対して行った暴力や暴言などについては隠蔽する状態でした。さらにそのときの話が引継ぎなどを通じて学年をまたいで勝手に流布されて、その結果、私が他の人から暴力や暴言を受けても、私のほうが悪者扱いされる(そのたびに私がやってもいないような発言や行動が繰り返しでっち上げられ、それが積み重なって「前科」のような形となって、それが更に別件の時に「前例」として持ち出されて、再び私のほうが悪者扱いされる、そしてその繰り返しになっていくという形になる)、そうした学校現場の実態をいやというほど経験しました。


 教師達は、「周りに合わせないから悪い」と決めつけてきて、異論を封じ込める手法で学校を運営し、その結果「まわりにあわせて」いじめに参加していく生徒達が増えていったのに、そうしていじめが酷くなっていった結果の責任を、全て私に擦り付けるような手法をとっていたのです。



 もちろん、同級生達の一部にも、学校側のやり方に疑問を持っていた人がいなかったわけではありません。私が酷くいじめられていた当時、中学1年の時、同じクラスだった人が、別のクラスの生徒に「担任がいじめを煽る言動をしているから、○○(私の名前)へのいじめがクラス全体に広まったんだ」といった趣旨の事をもらしていた事実もあります。私のクラスで起きているいじめに関して、他のクラスの誰かに本音を言いたかったという思いもあったのでしょう。しかし、その話を担任がどこからか聞きつけてきたのでしょう、担任は、どういうわけか、私の親に対して「一体誰がそんな事を証言したのか、名前を知ってるんだろ、名前を言え」と執拗に迫ってきたこともありました。

 そのような出来事もあり、「ものが言えない空気」が学校内部で強まっていったことも事実です。そして、その騒ぎの渦中にある時期、先に述べたように、学校側が「同級生達の証言」とされるものを纏めてきて、私の事を誹謗中傷する手法でいじめの隠蔽を図ったわけです。こうした出来事を通じ、いじめの加害者達が、学校側と「口裏あわせ」とおこなったわけです。

 そして、中1当時のいじめっ子で、例の「口裏あわせ」にも関与していたある男子生徒が、5年後の高校2年になって、私とは別の高校に進学した後になってから、当時の事について「謝罪」するために私のところを訪れてきたことがありました。その男子いわく、「担任から、○○(私の名前)を不登校に追い込めといわれ、担任に反抗できなかったからいじめに加担してしまった」ということだったようです。要するに「ものが言えない空気」が学校内部を支配してしまっていた事が、いじめのエスカレートに繋がったということだろうと思います。


 そして、私の中学時代の当時の事を知る人の中の一部では、学校側が生徒に対して「ものを言わせない方針」を強める傾向にあったことは、学校行事の変化にも如実に現れているとの話もあるようです。私の中学時代の当時、いわゆる「弁論大会」というものが中学1年の時までは開催されていたのですが、中2になってから急にその「弁論大会」が突如廃止され、しかも不自然な事に、弁論大会が廃止された理由すら説明も無かったという出来事がありました。私の出身中学では、弁論大会はかなり昔から行われていて、少なくとも私の世代より40年くらい年上の世代が中学に在学していた時代ですら「弁論大会」が行われていたほどの長い伝統行事となっていたのに、私が中学1年だったときの年を最後にこの行事が廃止されたということ、それだけ長い伝統を誇る行事なら、廃止するにも何らかの理由が説明付けられるはずなのに、廃止の経緯に関するかんたんな説明すら無かったことがあまりにも不自然だったということなどが挙げられます。「ゆとり教育」下での授業数確保のための学校行事の削減、と言われればそれまでかもしれませんが、それにしても、弁論大会の廃止の経緯があまりにも不自然だったということもあって、当時の私の事を知る一部の人の間では「いじめ問題について誰かが弁論大会で言及する事を学校側が警戒していたのではないか」との説もあるようです。もちろん、行事の存廃の全てがいじめ問題と関連しているとは言い切れませんが、少なくとも、そうした話が一部で挙がるほどまでに、当時の学校側が「いじめを隠す」ことに躍起になっていたということ、そうした学校側の不穏な動きを、感覚的ながらも客観的な視点で見ることが出来ているはずの人たちも少数派ながら存在していたのだろう、ということだろうと思います。

 ただ、私の経験上、中学を卒業して10年ほど経過した今になっても、一連のいじめの問題について「本音」を言う立場の人のほうが少数派だということ、それだけいじめ問題をめぐる対立の溝が深いということがいえます。中学のいじめの流れが高校にまで持ち込まれたりして、高校でのいじめも激しかったりしましたし、20代になった後でも、地元で同級生から絡まれてトラブルになったこともありますし、実家にピンポンダッシュなどの嫌がらせがおきたこともあります。「お前は村八分だ」という趣旨の言葉を投げつけられたこともあります。

 これらの出来事を見ると、いじめっ子達の中の多くの人たちが、「学校側主導の、異論を言わせぬ空気」から未だ「卒業」できていないまま、大人になった人たちが多いということなのだろうと私は思います。



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 いろいろと書きましたが、要するに、ものをいえない空気が強まるということの怖さ、民主主義的なものが壊されてしまうということの怖さというのは、「何かがおかしい」ということを実感してしまってからでは、既に手遅れということです。「何かがおかしい」と感じた頃には、既に言論の自由は封じ込められ、あるいは人権が事実上奪われてしまった後なのですから、そこから人権とか民主主義を取り戻すのはなかなか困難なものだと思います。

 それは、私達の身近なところで言えば、学校のいじめ問題をめぐる「隠蔽工作」や「緘口令」などの不穏な動きとかからもいえることですし、広い視野で見ると、戦前の日本が異論を排除しながら戦争に突き進んできた道のりをなぜ誰も止められなかったのかということを考えても、やはり「民主主義が失われた事に気づいたときは手遅れだった」ケースだったのだろうと思います。



 しかし、人権とか民主主義を取り戻すことは困難な道のりであっても、それを諦める事はあってはならないわけです。また、人権とか民主主義を取り戻す道のりの過程において、意見表明については特定の言動を強要されるものであってはならないし、個人一人ひとりがそれぞれ自分に出来る事を考えていけばよいと思います。人権とか民主主義を取り戻すという話において、忘れてはならないのは、「抑圧されている側」は責められるべきではなく、「人権を抑圧している権力側・多数派側」こそが批判されるべきだということです。要するに、よくある「やられたらやり返せ」論を肯定してしまうようであれば、それは「不正に対して不正で返してしまう」事になってしまい、結果的に不正な行為を容認してしまう事になりかねません。不正な事を許さないという考えを貫くためには、あくまで「やられたことについて、非暴力による意見表明によって抗議の意思を示す」ことが大切です。その部分についても論点や責任の所在がずらされるようであってはならないと思います。

 だからこそ、異論を言う事の大切さ、同調圧力や権力に対する批判精神の大切さというものを私達日本人はもっと考えていくべきだし、だからこそ、教育の民主化をもっと進めていくべきなのだろうと私は思います。


posted by ななこ at 04:46| 時事の話題 | 更新情報をチェックする
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